お盆にお盆! [日々の雑記]
お盆の帰省に、
新建築誌にGarageSpec武蔵小山が掲載されたお祝いにと、
福井大学時代の先輩からお盆を頂く。
昨夜行われた軽音楽サークルOB会に、わざわざ持参いただき恐縮です(>_<)
山田先輩ありがとうございます!
福井県越前市にて山嘉商店という漆器業を営む、先輩自らがデザインしたお盆です。
山嘉商店さんは素敵な杯とかも出していて、
伝統の漆器をモダンなデザインにつなげています。
今年のお盆帰省、お墓参り、ソースカツ丼とお約束のお盆イベントはモチロン、
大学サークル、高校の同窓会と旧交を温める、よい機会でした。
福井の飲屋街では見慣れた、盆暮れの改装に知り合いのお店から送られる、
花輪のファサード。
高校同窓会、サークルOB会、どちらもお会いした皆様、深夜までお疲れさまでした。
楽しい時間を過ごせました。ありがとうございます。
これを機会にまた、お会いしましょう!
楽しかったパーティも終わり、これより東京へ戻ります。
国道一号線を東へ。
写真は往路のある交差点にて。
お盆明けより、清水建築設計店をよろしくお願いいたします!
鶴見辺り [日々の雑記]
この仕事をしていると、行ったことのない街を観察するのは楽しい。
工場、住宅、団地、電線…。
日本全国似たような風景はどこにでもあるだろうと、
経験的に感じる。
似たような風景だからこそ、懐かしいと感じるのかな。
第三新東京市って、こんな場所があったんじゃないか、と、
エヴァの臭いがする。
どこからやってくるのか。
コーン・アイデンティティー [日々の雑記]
自分の身の回りどこでもカラーコーンがあると、感じ始めたのはいつ頃だろう。
東京の街中にあるのはモチロン、
仕事で行く現場にもあり、
趣味で行ってるオートバイのライディングスクール(略してライスク)にも…。
自分の行くところ、つまりアイデンティーとなるところに、コーン有り。
是即チ、コーン・アイデンティティー也。
コーンにもイロイロある。
出張のハッキリしているヤツ。
マイペースな感じ。
積極的に、街のサシ色になる。
緑と同化する優しいヤツ。
他の任務を背負わされている過酷なヤツ。
駐車場や建物の片隅で、そっと出番を待つ。
「そっと」というには結構目立っているハズなのだが…。
徒党を組む奴らも多い。
鎖でつながれて抑圧すら感じる。コーンの春は遠い。
二条城にて。控えめさが、そこはかとなく上品ダ。さすが世界遺産。
ペアタイプはやや気さくな感じ。
毅然とヒトリでガンバってる姿も好きダ。
身を粉にしても働かされているヤツ。
幾つか重ね合わされることで、かろうじて「半人前」をかわしている。
オマエの人生は何なんだと、コーンにつぶやいてみる。
今年最初の寄り道に/東大寺大仏殿 [日々の雑記]
二十数年ぶりに訪れた奈良、東大寺。
南大門はドライな位、力強い。
東大寺
正月の帰省から、東京へのUターン。
まっすぐ戻らず、奈良・京都に寄ってみた。
やはりシカがいる。セント君もいた。
大仏殿への参道に並ぶ僧坊や堂塔を囲む土塀に映り込む、樹木のシルエット。
朽ちた土塀に感じる、時間の流れと、
1300年変わらず土塀に影を映し続ける、同じ時間の流れ。
久方ぶりの大仏殿は、近付く毎に大きくなっていく。
遠くからだと、屋根ばかり目立つ気がするのだけど、
近付くほどに屋根は小さくなり、
手を広げたような軒先の水平感に変わって、
足元まで来ると結構な高さの基壇と正面の唐破風のせいか、
垂直感が際だってくる。
「天竺様」という独特の構造形式からくる、構造的なダイナミックさ、
屋根の「飛び出し感」、部材の積み重ね感の迫力がある。
メカニカルというか、ハイテックな香りというか、
ドライで、コンビナートの構造物を見上げるような、人工的な力強さを感じる。
ただ、大仏サンには、ちょっと窮屈そうな空間にも感じる。
奈良時代の創建当初は間口が、
江戸時代に建てられた現在の建物の1.5倍あったようだし、
鎌倉時代に再建された時には、
天井が貼ってなく屋根裏まで空間が伸び伸びしていたともいう…等々、
三度目の大仏殿訪問で、大仏様の周りを結構グルグル廻り、
若い頃よりテンションが上がってキョロキョロしている自分に、
ちょっとニヤニヤするのでありました。
寄り道は続きます。
帰省の景色、2012年正月 [日々の雑記]
元旦の夕焼けに染まる、足羽山。
嫁ぎ先から帰省した妹を母親と迎えに行くの図。
1日戻して大晦日の新幹線。
典型的な冬型の気圧配置がゆるんでいるせいか、富士山にも雲がかかる。
ちょっと残念な気分。これが楽しみで東海道新幹線に乗る気がする。
北陸新幹線が福井まで開通しても、僕は富士山を見ることを大事にするだろう。
新幹線を米原で北陸線に乗り換えると、日本海側の気候に近付いていく。
そういえば去年もこの気候の差をブログに書いていたっけ。
「帰省、それも絵に描いたような/米原駅雪景色」
大晦日夜の福井駅。
帰る、迎える、出会える、が充満する改札口あたり。
明けて、元旦は天神サンへのお参りから。
福井では、長男が生まれると母方の祖父母から学問の神様、
天神サン(菅原道真公)の掛け軸を贈られる。
だから、数えで45歳の天神サンは自分の分身のようでもある。
お隣は、京都の友禅染の下絵描きをしていたという祖父がかいたモノ。
正月は最もカミサンが身近にあることを感じる。
ベタにお雑煮やおせちを食べ、
近所の氏神「くろたつさん」に初詣。
最近パワースポット(笑)として売り出し中だ。
氏子としてはウレシイような、昔のヒッソリ感も良かったような。
「毛谷黒龍神社」
2日は藤島高校の同窓会、
3日は福井大学軽音楽サークルのOB会と、旧交を温めた今年の帰省。
福井大学、大学院の6年間、ほぼ週に一回は通っていたはずの治郎吉呉服町店。
秋吉よりもココの魔法のタレを舐めたい!と思う時もある。
オッサンになっても、楽しかった。
年末に雪が降ったと聞いたものの、
元旦は雪もなく比較的過ごしやすかった、福井市平野部。
夜になると、ユキガミナリだけがゴロゴロと激しくなっておりましたが、
三が日が過ぎたところから、降ってきた。
雪も正月休み。
母親を始め、福井にお住まいの方には申し訳ありませんが、
やはり少し雪がないと、福井の冬の感じがしないのも事実。
ゴメンナサイと思いつつ、実家から見える景色にチョット安心して、
故郷を後にするのであった…。
今年も清水建築設計店をよろしくお願いします!
ふぉとじぇにっくナンバーワン/銀座で見かけたクリスマス [日々の雑記]
クリスマスの銀座で一番フォトジェニックだったのは、コイツだ!
アップもイイ!
世界中でカワイイと言われるのが分かる気がする。
このフワフワ感も捨てがたい。
ケロケロケロッピや、キキとララも…。
年の瀬ま迫る銀座にて、癒されてみた。
みなさま、メリークリスマス!
東京は夜の三時/歩いて帰る、または徘徊 [日々の雑記]
東京は夜の三時。
イエまで30分位。酔い覚ましに、ちょっと反省気味に、歩いて帰る。
酔っぱらいがただ歩くわけがないデス。
カメラがあれば、気になるモノを撮って帰る道中に。
酔っぱらっているからか、アパートの階段も神々しく見える。
あと2時間もすれば始発。メンテナンスに抜かりない下北沢の駅。
この日は踏切内や踏切周辺の線路に、侵入防止の警告サインを描いていた。
酔っぱらい対策か…。
草木も眠る丑三つ時すら過ぎた時間。
大方の建物もヒトの活動に合わせる様に、地味に寝静まって見える。
そのせいか、
街灯に照らし出される標識や道路の白線が目に付く。
こんなのも発見。ステキだ。
防犯のため、目立つため。
夜なのに、夜だから、明るく照らし出される、街の脇役達。
あかりとはヒトが生きている証(あかし)。
証に豊かさを求めるか。
そんなことを考えながらブラブラ歩く。
夜はいろんなものを厳かにする
淡く奥行きのある世界/下北沢マザーにて前英里子水墨画展示 [日々の雑記]
下北沢トモダチのマエちゃんが描いた水墨画。「祈り」という作品。
全国平成水墨画展にて新人賞、テレビ埼玉賞を受賞!
下北沢にあるバー&レストランMOTHERにて
11月15日(火)から21日(月)まで作品を展示しています。
MOTHER & mother's RUINのHP
主張の強い、素材感のあるマザーの空間のなかで、
スクリーンに映る映画のなかの様に、
淡く、奥行きを持って、目前に飛び込んでくる「祈り」。
祈る人々にあたるヒカリの加減、表情や手や耳などに溢れる緊張感等を
時には淡く、時には力強く、または細かく、そして墨絵ならではの濃淡で現す。
エッこれ水墨画なんだ!、という楽しくなる意外さや発見を感じる絵。
マザーは先日、下北沢にて40周年を迎えたばかり。
ステキな場所です。
こちらもステキなマエちゃん。
オメデトウ!
こちらはライブパフォーマンスで即席でかいた龍。バラが似合う。
秋の夜長に、どうぞ!
原子力の日に、20年前からの手紙を見返す/アポリアを超えて [日々の雑記]
10月26日は原子力の日でした。
半世紀ほど前、東海村で初めて原子力発電に成功した日です。
それから数年して行われた大阪万博の開会式、
故郷福井にてつくられた原子力発電所から送電された電気が、
万博会場を照らしたそうです。
プロメテウスの火をヒトがコントロール出来ると信じていた時代。
でも神話に続きがあるように、パンドラの箱が開いてしまいました。
19歳、チェルノブイリにて事故が発生。
故郷である福井県には多くの原発が立地している、
また地元の電力会社で働く親戚も何人かいる、
当時20歳の浪人生だった自分にとり、
すごく悩んだ事故だった。
清志郎はその不安感を的確に表現。
1990年黒澤明監督晩年の作品「夢」
放射能にキレイな虹色をつけたことで起こる未来を描く。
1991年、
当時東京大学の学生だった建築史家の五十嵐太郎氏は、卒業設計にて
バブルの頃もてはやされた東京湾のウオーターフロントに
原子力発電所を計画。
「原発が、絶対安全というのなら東京湾に、放射線の影響が千年以上続き、
モニュメント化する原子力発電所をつくったら、という皮肉を込めたプロジェクトです。」
同じ頃、福井大学の大学院生だった僕は
学芸出版社から出されていた「建築思潮」という雑誌の企画で、
「地域を考える/福井」というお題のエッセイを書く機会を得ました。
悩んだ末に選んだテーマは福井県にいっぱいある原発だった。
世の東西を問わず建築は、
成立したその時代のテクノロジーや思想、経済力、文化等を示してくれます。
20世紀は機械や電気によりヒトの暮らしが大きく変わった世紀です。
ではその最先端といえる原子力発電所には、
時代を表すだけの建築的様相があるのか。
すでに建っている施設を、
見て見ぬ振りする様なデザインにしておくべきではないのではないか…
そんな気持ちで書いた文章でした。
そして、賛成とも反対ともつかないけれども、
自分が将来携わるであろうデザイン、建築設計を通して、
原子力発電所という存在を問うてみたい…、
おおげさですがそんな風に思っていました。
いま読み返すと勉強不足であり、とても乱暴で稚拙な文章です。
でも当時の自分の悩みが伝わってきます。
そしてその悩みは今も続くどころか、大きくなっています。
以下、20年前の文章ですが、記録したいと思います。
稚拙な文面、お許し下さい。
これは、福井県若狭地方のある海水浴場の風景である。
関西・中京方面からも毎年夏になると多くの海水浴客が訪れる。
写真は波と戯れる少年達、目前には当たり前のように原発がある。
近くには「のんきや」という民宿があった。
原発は建築だろうか。
建築とは何なのだろう。電気をつくる工場だろうか。
あれは「原子力発電」という中身を入れるために、
最も適した「かたち」をしているのだろうか。
モダニズム建築といわれるものの中には、
20世紀初頭の工場建築が挙げられることがある。
古代において神殿が、中世においては教会が、
そして機械の時代、生産の時代20世紀が工場建築を、
その時代の人々の共通の世界観が現れているとするならば、
若狭の原発はそのようなかたちをしているのだろうか。
時代を担うエネルギー、
そこから語られる「ことば」は「かたち」に翻訳されているのだろうか。
その「かたち」は新しい「ことば」を紡ぎ出しているのだろうか。
電気というものが今の時代を、暮らしを支えるものであるとすれば、
あの風景こそが今の時代を表現するものでなければならないはずである。
そしてそこには建築家が不在である。
かつて僕が幼かった頃、
福井の敦賀に初めて出来た原子力発電所が、大阪万博の灯を点した。
テクノロジーによる祝祭。
建築家達もまた、そこに多くの夢を託したはずだ。
あの時、建築家はもっと原子力発電所のデザインをしなかったのか。
もし建築家がデザインした原子力発電所というものがあったなら、
今の原発論議はずいぶんと変わっていただろう。
建築家にはそれ位の力があるのではないか。
いまだ僕はこの風景を前にしてなす術がないのだ。
福井では放射能の恐怖より、この話題自体がタブーになっている。
まったく都合良く、田舎という地域性によって、
この風景が出来上がってしまっている。
これでいいとは思わない。
だからといってこの風景の得意なかたちから、
目をそらしてしまうことは許されない。
原子力発電に対する賛否の議論とは別に、建築家は、
この風景の中に見出すものがあるのではないか。
かつて熱狂したテクノロジーへの信仰の後始末はいまだなされていない。
原発の存在感を考えること。
「原発のある風景」は今の建築を語るよりずっと面白い。
面白いという言葉は適切ではないかもしれないが、
建築自身がこの問題を避けて通れない。
そして、この風景が福井に現に存在する以上、
この風景より新しい建築の「ことば」を「かたち」に
見出していくことが、
福井という地域より導き出された「かたち」となる。
またそれは、
地域を越えた「かたち」としての共通の「かた」を求めることにならないか。
福井に住む人々はこの風景をもっと武器にすべきだ。
何をはっきり基準にして原発に対する態度を決めたらよいのか。
…(中略)…
皆さんがこの海水浴場に来てこの風景を実際に見て欲しい。
日本の、世界のいろいろな建築を見る様に見て欲しい。
この風景を自分の心の中に実際につくり上げて欲しい。
…(中略)…
福井を都市のゴミ箱にだけは落とし込みたくない。
説得、納得、会得/東京デザイン専門学校、秋の原宿祭 [日々の雑記]
原宿にある東京デザイン専門学校にて、今年も秋の学校祭が開かれています。
写真はインテリアデザイン科の展示の様子。
住宅設計コースの1/50住宅と公共施設の模型とプレゼンボード、
インテリアコースは1/30による店舗とホテルのプレゼです。
写真は準備の様子。最後までアキラメナイ。
この学校祭の展示や、
来る卒業設計、ポートフォリオの制作…。
次々と仕事としてデザインに取り組むための
キッカケが続く時期です。
生徒さん達が、このなかから、自分の「はじまり」のための
「何か」をつかんでくれますように…。
自分の制作物の展示を、
他人への「説得」としてだけではなく、
相手と自分への「納得」として、
そして、これからの自分自身への「会得」として…。
まあこれはボク自身のデザイン活動でも、自問せねばならないですネ。
最後にボクの「はじまり」のひとつである、
スティーブ・ジョブス様へ
大学3年生の時、
当時福井大学建築学科に非常勤でいらっしゃっていた
川崎和男先生の造形の講義にて…。
「本当のコンピュータは何か」
お伺いした川崎先生の事務所に並んでいたマッキントッシュ。
あなたがつくったコンピュータに出会ったこと、
ボクがデザインの道に入るキッカケだった。
遅ればせながら、
合掌